部屋の反対側を見ると、狛江さんは、たいそうスラスラと原稿用紙の升目を埋めてるみたいだった。きっと狛江さんは、頭のなかにあるものを、そのまま文章にできるタイプの人なんだろう。
僕が同じことをしたら、無駄に凝ったレトリックが頻発する、結局、読み終えても何が言いたいのか分らない文章になってしまうに違いなかった。
最終的に、僕が三分かけて書き上げたのは、三行の箇条書きだった。
僕も狛江さんも、原稿用紙をお守り袋に入れて、首から下げた。
「じゃ、いいかな?」
母さんが、窓の外を指さした。
気づくと、僕の両腕が、消えていた。
「倫太は、もうロボットに変身はじまってるみたいね。
ほら、さくらちゃん。あっちあっち。あっち指さして……」
「えっ、こう…ですか?」
母さんに指示されるまま、狛江さんも窓の外を指さす。
その先にあるのは、県境の山だ。
観念獣が立っている場所とは、住宅街を挟んで、二、三キロ離れている。
目を懲らすとそこに、どう見てもロボット、としか形容しようのない腕が浮かんでいた。
続いて同じ場所に、足が出現する。
(ってことは?)
視線を自分の身体に戻すと、腕だけでなく足もなくなっていた。
胴体も、おへそのあたりまで、もう消えていた。
僕の身体がぜんぶ消えさるまで、三十秒もかからなかった。
部屋から最後に見たのは、住宅街を見下ろして立つ、巨大なロボットだった。
悪くはないデザインだ。
もしもプラモデルが売ってて、値段が二千円以内だったら買ってもいいかな、と思うくらいには。
そこから先は、街を見下ろしていた。
僕は、ロボットになっていた。
●
戦いは、すぐに始まった……わけではない。
父さん――母さんの乗るロボットの出現を、待ってからだった。
父さんは、雲をかき分けながら現れた。
♪ぱぱら、ぱらぱぱ、ぱぱらぱぱー
青空を震わすミュージックホーン。
自動車――父さんは、ひと言でいえば、超巨大なヤンキー仕様のセダン車の姿をしていた。
僕の胸にあるコクピットで、狛江さんが呟く。
「デッパ竹槍……」
ラメ入りのボンネットには、腕組みした母さん。
ぱちん。
母さんが指を鳴らした。
ビカッと稲光。
すると次の瞬間、
どどん
と音が鳴って、自動車はロボットに変形していた。
同時に、通信が来た。
「操縦の仕方はわかるよね!さくらちゃん」
「はいっ!変身したら、わかりました」
そういうものらしい。
いま僕がどんな状態になっているかといえば、ロボットの外の景色と、コクピットの様子と、ロボットの内部の機械とか、稼働状況を示すメーターなんかを、ぜんぶ同時に見てる。
いまの母さんと狛江さんの通信は、A回線という、みんなに聞こえる回線で行われていた。
僕と狛江さんにだけ聞こえるB回線で、僕は話しかける。
「狛江さん、僕、がんばるから。遠慮しないで」
「うん、ありがとう。自分、がんばるからね!」
メーターの数値は、軽い興奮状態を示している。
「あのさ…嬉しかったんだ――レイコさんに会えて。
自分の親父が、レイコさんに憧れてたんだ。
それで、『女はレイコさんみたいに金髪じゃなきゃだめだ』って言って……金髪の女とばかり付き合って……最終的に結婚したのがフィンランド人のお袋で。
だから自分、ハーフなんだ。
自分、レイコさんみたいになれって親父に言われて育って……
だから今日、レイコさんに会って嬉しかった。
自分が目ざせっていわれたレイコさんが、かっこいい人で、良かった。
最高にかっこいい人で、良かった。
それに……レイコさんが、親父のことを覚えてくれてた。
自分のことを知っててくれてた。
ビッとしてるって、褒めてくれた。
嬉しかった……本当に、嬉しかったんだ」
戦闘が始まった。