時刻は七時五〇分。

「おいおいおいおい! ありえねーだろ」

昨夜、目覚まし代わりにテレビのタイマーをセットして眠りについた僕だったのだが、結局、目がさめたのは、母さんのマウントパンチでだった。

「おぅら起きろ坊主! 倫太!

ぼすぼすと布団越しに落とされる拳。
そして、鳴りやまないテレビの大音量。
目覚ましに使う位だから、当然、ボリュームは最大だ。
朝の番組にありがちな司会者のドヤ顔トークが、ガラスをびりびり震わせている。

『いやあ、最近暑くなってきましたけど、薄着になって分かるのはね、年を取ってくると、何より首周りに加齢の影響が出てくるなってこと。ボクの同年代の人たちなんかは、本当に首がミイラみたいに細くなっちゃってる。その点、ボクは知り合いの社長さんに貰ったサプリメントなんかを飲んで……』

「黙れハゲ!

テレビに向かって叫ぶと、母さんは体勢を変え、再び僕に拳を落とし始めるのかと思ったら、

「毟るぞハゲ!!!
 
もう一度叫んで、 それから僕への打擲を再開した。
 
ぼすぼす。

「こら倫太! 朝っぱらからデカい音出しやがって! おめーは、どこのベルサイユ宮殿に住んでんだ!? あぁん?」

ぼすぼすぼす。
 
母さんは、十六年前は県下で最強を誇ったヤンキーで、いまも髪は当時のままの金色だ。
ヤンキーというと、『極悪のXX』とか『地獄のXX』とか、物騒なふたつ名が付くのが普通だと思うけど、母さんの場合、そういうのは無くて、本名のままで恐れられていたらしい。
 
『麗(うるわし)レイコ』と。

それが、三上レイコに代わったのが十五年前。ちなみに僕は今年十六歳で、母さんが僕を妊娠した年齢と同じで、父さんが母さんを孕ませた年齢までは、あと二年ある。

「ほらママ。ママが布団の上に乗ったままじゃ、倫太も起きられないだろ?」
「あ、そうかあ。パパってば、あったまいいね!」

いつからいたのか父さん(今年三十四歳)のアドバイスで、母さんが、ようやく僕の上から退いてくれた。
しかし……

「ほら、リモコンあったよ。ママ」
「えー、どこにあったのぉ? あたし、ぜんぜん気が付かなかったよー」

キャッキャウフフ声をあげる両親に、でもまだ僕は布団から起き上がれずにいた。

「ママがあんまりキレイすぎるから、リモコンが恥ずかしがって隠れちゃったんだよ」
「やだ~。パパったら、だめだってば、そんなこと言ったら……まだ朝なんだ・か・ら」
「え!? じゃあ、夜ならいいの?」
「もう、やだ~。パパったら、へんなこと訊かないでよ~。朝でも夜でも、答えはもちろん、Y・E・S。我が家のイエス・ノー枕に、NOの二文字は、あ・り・ま・せ・ん

いちゃいちゃするもんか。いちゃいちゃするもんか。いちゃいちゃするもんか――大人になって結婚しても、子供の前では、絶対にいちゃいちゃしないようにしよう――そんな誓いを立てる、僕だった。