スェーデン人だと思ってた母が、実はフィンランド人だったと知ったのは、16歳の時だった。
学年でいうと、高校1年の3月30日のことだ。

半年ぶりに会った姉が
『え、オマエ知らなかったの?』
的な表情とともに漏らしたのである。

姉は3月31日生まれで、俺は4月1日生まれだ。

4月1日生まれということは、学年で一番最初に生まれたということになる。
正直、中学2年くらいまでは、そのアドバンテージでかなり楽をさせてもらったし、そこまでで稼いだポイントと勢いで、中学3年以降も楽勝だった。 

だから、わかるのだ。
 3月31日生まれ、すなわち学年で最後に生まれるということが、どれだけ不利なことなのかが。

姉とは、両親が離婚した小学3年生の時以来、別れて暮らしている。
離婚の原因は、父が脱サラしてラーメン屋を開きたいなどと言い始めたからだ。

「父さんは、地元でも有名なバカ学校出身の低能で、暴走族のメンバーだったくせに高校を中退もせずのうのうとと卒業出来たくらいの気合の足りない根性なしだったんだから、人に使われる立場でいるのが一番の得策だよ。大体、30歳を過ぎてラーメン屋で修行を始めるとか、これまでの職歴を捨てるとか大変に決まってるし、そんなバカの子供でいさせられる僕たちの方が、その何倍も大変だ」 

などと、正論ではあるが、だからどうしたとデコピンしてやりたくなるウザイ主張をわめいていた当時の俺が、両親を面倒くさい気分にさせ、離婚への意思を固めさせた可能性は、非常に高いと思う。

両親が離婚して以降も、姉とは時々会っていた。
そしてある時から、会うたびに不良少女的な言動と顔つきになっていく姉を見るたび、僕、おっと俺は、3月31日生まれの困難さに思いを馳せずにはいられなかったのだった。


そして、今日――高校1年の3月30日。
姉と同居して、彼女と同じ学校に通うことになった僕を、姉とぼ……俺の共通の幼なじみたちが、決してささやかとはいえないパーティーで歓迎してくれた。

場所は、姉の彼氏の家。
なんと、姉に彼氏ができていたのである。

姉は、金髪碧眼の美少女だ。
だから異性同性問わずにモテても、不思議ではない。

しかし、それにしても……僕の心のなかに生まれた抵抗感は、決して、姉を取られたことへの嫉妬心からなどではない。あくまで、不可解な事象に対する、疑念から生まれたものなのだと断言しよう。

だが、それなのに……現実は無慈悲で残酷だ。

姉の恋人の父親は大リーガーで、日本にはいない。
父親に伴って渡米した母親も、向こうで通いだした総合格闘技の道場でスカウトされ、世界最大の格闘技興行として有名な某イベントのメインイベンターとなり、無敵のチャンピオンとして王座防衛の記録を作り続けているのだという。

パーティーが始まってしばらくたち、姉が席を離れるまで、俺は会場となってる家が、ついさっき紹介された、頼りない、自分のことを『僕』だなんて呼ぶ、可愛い顔をしたオカマ野郎のものだというくらいの認識しかしていなかった。

姉と、そのホモの女役との関係性については、まったくのノーチェックだったのだ。
それでもパーティの話題が途切れた時に、

「ねえ、三上くんって、どういう人なの?」

と訊いてみたのは、姉の後を追うように、ともとれるタイミングで彼が席を離れたことに、違和感を感じたからなのかもしれない。

僕の問に、幼なじみたちは顔を見合わせて笑顔を見せた。
はにかんだような、答えは簡単なのに、それをどうやって伝えたらいいのかに迷ってる、といった表情だった。

代表して答えてくれたのは、幼なじみの中でも1番のイケメンの蒼士君だ。

蒼士君が、話してくれた。
彼――三原倫太君の家族の事や、彼が学校の生徒会で副会長を務めていること。
それから……

「ちょっと、トイレ」

現実は、無慈悲で残酷で容赦無い。
それから目を逸そうとする者に、手を緩めること無く追い打ちを仕掛けてくる。

トイレの前で、僕は聞いた。

誰かがえづく声と、おそらくその背中をさすっているのだろう布同士の摩擦音。
それに続く、トイレの中の2人の会話。

「大丈夫?」
「うん……ぜんぜん平気」
「頑張り過ぎないでね? 生・徒・会・長」
「やめろってば、その呼び方」
「始業式の挨拶、期待してるから」
「おう……そっちこそ、入学式のスピーチ、失敗するなよな」
「ふふ……わかってるよ。会長」
「だから、その呼び方、やめろって」
「じゃあ……さくら?」
「それも……変な気持ちに、なっちゃうから」
「好きだよ。さくら」
「ばか……やめろって……んぅ、」

更にそれに続く、ギャルゲから引っこ抜いた様な音声。

「ん…んく、ちゅ……ん。あは、あ……好き……さくらも好き……倫太くん、好きぃ」

パーティーに戻った僕は、どんな顔をしてたのだろう?
幼なじみの中で、一番の優等生で美人の美玲さんが、顔を近づけて言った。

「彼は、人間じゃないから」

三原輪太――奴は、人間じゃない。
母の国籍より、それは、僕には、ずっと重要な情報となったのだった。

<了>