目が覚めた。携帯の時計を見た。
時刻は午後八時二十分

下の階に降りると、キッチンで母さんがテレビを見てた。
コトリとヒカリの姿はない。
夕食を終えて、自分の部屋に帰ったんだろう。

父さんは?」
「まだ仕事。ごはん食べる?」
「ちょっと、散歩に行ってから食べる」
「ああ、そう」お茶を啜って「行ってらっしゃい」

そっけない態度に、僕は、ちょっと、ほっとする。


とりあえず、通学路にあるコンビニに向かった。

バカみたいな顔の(しかも悪目立ちする)店員がいるせいで、近隣の中高生から『バカの店』とストレートな呼び名を付けられている店だ。

その『バカの店』を、いま出る人がいた。

右を見て、左を見て、ポケットに手を突っ込んで歩き出すオレンジのジャージ。
狛江さんだ。

ちょっと迷って僕は……
すぐに声をかけるのは止めて、狛江さんの後をつけることにした

●●

家に電話をかけた。

「母さん?僕だけど、少し帰りが遅くなりそう……うん。夕飯は、帰ってから食べる……僕の居場所は、スマホのGPSで分かるはずだから……え?『なんだそりゃ?』って、母さんにも使い方説明……そうだね。使い方は父さんに聞いて。じゃあね。心配かけてごめ……あ、切れた」

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通りかかったコンビニの時計――歩き出してから、もう一時間近くが経っていた。

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狛江さんは、まだ歩くのをやめない。

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「ちょ、ちょっと狛江さん!」
「あ、あれ!?自分、どうしたのよ?」
「どうしたもこうしたも……狛江さんの後を追ってきたんだよ」
「え?どこから?」
「国道のコンビニ――『バカの店』を出たとこから」
「『バカの店』から!?って、すげえっていうか……マジで尾行じゃん。相手が自分だったからいいけど、それ、人によってはキモいと思われるよ。気をつけた方がいいよ。絶対!」
「だって狛江さん、全然、止まらないんだもん!狛江さんが立ち止まったら声をかけようと思ったら……何キロ歩くんだよ。ここってもう、隣の県だよ」
「ええ!?まだ県は越えてないよ!」
「い~え、越えてます!ほら、あそこの自販機が県境

と、僕は見下ろす景色の一点を指さす。
ここは、隣の県との間にある山の、頂上近くの展望台だ。

「へへぇ……」
「な、何?なんだよ狛江さん」
「自分、ちょっとテンション高くない?
「狛江さんこそ……」
「うん。自分、確かにね。ちょっと興奮してるかも」

景色を切り取るように、指で四角を作って、狛江さんは見るからに上機嫌だ。
僕も、狛江さんの隣にいるだけで鼓動が早くなる。

「自分たち、あそこで戦ったんだよな~」
「うん……狛江さん、がんばったよね」
「へへへ……三上くんも、お疲れ様」

僕も、狛江さんを真似して指で四角を作ってみた。
メルが言ってたことを、思い出す。

『壊れた何かについて誰かが想えば――想う人が多ければ多いほど早く『観念』は修復されるものなんです』

昼間、僕らが戦ってから、まだ十時間ちょっとしか経っていない。
もし『妖精眼』を着けてたら、この景色は、どんな風に見えるだろう?
メルの言う通りなら、僕たちの戦いで焼かれたり、潰されたりした木々や家々の『観念』は、既に修復され始めているはずだ。

指で作った四角を、動かしてみる。
指で切り取られた景色が、流れていく。
ふと、思った。

想うって、どういうことなんだろう?)

(一体どんな行為が、この景色の『観念』を修復させるんだろう?)

(わからない)

って。

気づくと、狛江さんが、ニヤニヤ笑いで見てた。

「へへへ~。三上くん、すげえマジな顔してんね」
「まあね」どや顔で僕が応えると、
「くひひひひひひ。なんだよ、その顔~」狛江さんが、顔をくしゃっとさせて笑った。

それは、初めて見る感じの笑顔と笑い声で、僕は、なんだか得したような気持ちになりながらも、ちょっと戸惑う。

「狛江さんは、よくここに来るの?」
「いや、全然。今日はさ、ほら、なんか興奮してるから、歩いて落ち着こうと思って!またがんばろうな!三上くん」
「うんっ」

そして――

あの時は、ありがとう
唐突に言って、真面目な顔になった。

あの時というのは、きっと『あの時』のことなんだろう。