B回線では狛江さんが、励ます僕の言葉に、めいっぱいの笑顔で応えてくれている。

「うん、ありがとう!自分、がんばるから!」
「狛江さん。もう少しだからね!僕もがんばるから!」
「うん。うん………うん!お兄ちゃん溶解液!!

がんばるとは言ったけど、実際には、僕にはがんばりようがない。
身体は狛江さんの操作のまま動いてるだけで、僕ががんばってるわけじゃない。

「ごめん!三上くん。避けられなかった!」

攻撃を受ければ痛みも感じるけど、それはただの情報で、ダメージに合わせてパラメータを再設定すれば、身体は、ちゃんと動いてくれる。

「僕は大丈夫。それより狛江さん、操縦桿に衝撃来なかった?」
「全然平気っ!」

僕は、何も、苦しくなんてない。

ステータスを見れば、狛江さんの左の人差し指が、亜脱臼で使い物にならなくなってるのが分かる。

息を切らすのも、コクピットを揺らす衝撃に歯を食いしばるのも、狛江さんだけだ。

僕は、医療用ナノマシンを狛江さんのスーツで合成。彼女の体内に注入する。

「ちょっと、チクッとするよ」
「ん、ああ……おう!チクっとした」

僕は、まったく、がんばってなんていない。

「すげー楽になった。ありがとうね!」

ただ、狛江さんにがんばってほしいって思ってる……それだけだ。

「それで充分なんじゃないですかねえ……ところで、さっきから足下を気にされてるようですけど、大丈夫ですよ――『観念』は、壊れてもすぐ直ります。観念獣に喰らわれない限り

ロボットである僕は、観念獣と同じ、観念の世界の存在になって戦っている。
だから、足下の家を踏んだりしても『モノ』である家は、壊れない。

だけど『観念』は別だ。

僕に踏みつけられた家の『観念』は破壊される
そのたび、僕の足にも痛みが走る。

僕と父さんが、観念獣を攻撃する。
光や金属や粘液の銃弾を発射。

観念獣の体表に、小さな光が瞬く。
着弾の証だ。

瞬きに一瞬遅れて、僕らの攻撃が通った後の空間に、滲んだような軌跡が現れる。
そこから、さらに一瞬遅れて、音がする。

発射音。
着弾音。
爆発音。

観念獣の体表から剥がれ落ちる、瓦礫みたいな体組織
汚泥めいた体液

跳んだり、降りかかってきたりしたそれらに、潰され、溶かされる家々
地表を沸きたせる化学反応
燃え上がる木々。

「ねえ、メル。本当に、大丈夫なのかな?」
「大丈夫ですよ。言ったでしょう?これは『観念』なんです。壊れたって、いずれは元通りになるものなんですよ」
「だから……本当に、元通りになるの?」
「なりますとも――壊れた何かについて誰かが想えば――想う人が多ければ多いほど早く『観念』は修復されるものなんです」
「本当に?」
「本当ですよ――いいですか?この世界にあるどんな存在も、この世界にある限り、案外、誰かに想われているものなんですよ。どんなに詰まらないと思われてるような、人やモノだとしてもね」
「そういうものなの?」
「そういうものなんですよ」

計算が正しいなら、戦闘は、次の攻撃で終わるはずだった。

「お兄ちゃんブーメラン!」
「スペース竹槍!」

観念獣が爆発四散する――計算した数値に、観測した数値が次々一致していく。
それを見ながら、しゃがみこみそうになるのを堪える狛江さん――力の入らない体幹を、下腿部の緊張でなんとか支えている。

「った……やった。は、はは、は……はぁ…はぁ……」

僕は、母さんと父さんからの通信を、しばらくは繋がないでおくことにした。
父さんも母さんも、まったく息を切らしていなかった。

狛江さんが息を整えるのを待ちながら、
お疲れ様。
がんばったね。
僕は、そう、彼女に伝えたはずだった。

僕の言葉に応えて、サムアップする狛江さんの笑顔を覚えている。

でも、そこまでだ。

そこで僕の記憶の連続性は、いったん途切れる。

簡単にいうと、寝落ちしてしまった。

案外、僕も疲れていたのかもしれない。