「文字通り、観念の獣ですよ」
「それじゃ、そのまんますぎるよ」
「じゃあ倫太さん。観念って、なんだと思います?」
「イデア……何かについての…『考え』?」

「そうです。『考え』のまとまり。それが、観念獣の喰らう『観念』です。星から星へと渡り『観念』を食らいつくして巡る、『モノ』としての身体を持たない観念階層の怪物――それが、観念獣です」

「『考え』を……『観念』を、喰らう?」

「例えば、ビルを建てようとする。こんなビルを建てようと考える。設計図を描く。工事を計画する――そんな『考え』がまとまって『観念』になります。その後、実際に工事をして、ビルを完成させる。そうしたら『観念』は、消え去ってしまうでしょうか?」

消え去らないんだろうな……この話の流れだと。

「『観念』は、実際の『モノ』と共にあり続けます。『観念』は『モノ』の変化により書き換えられ、『モノ』は『観念』に従って、姿を維持し続けます。文明の進んだ星では、『観念』を書き換えることによって『モノ』を変化させるなんて技術が普通にあるんですよ?」

「うん…それで?」
N回線で、父さんからパイロットのバイタル管理のレクチャーを受けながら、話の続きを促す。

「では仮に『観念』が消え去り『モノ』だけが残ったとしたら、どうなると思いますか?」

僕の答えを、メルは待たなかった。

『魔』が生まれます――『魔』は善悪の判断の対象ではありません。問題は『観念』による支配が不可能な『モノ』が、そこにあるということです。地球レベルの文明ではまだ問題にならないでしょうけど……」

「じゃあ、別に放っておいても……観念獣と戦ったりしなくても、いいんじゃない?」

「そうはいきません。『観念』で『モノ』を操作するレベルの文明にとって『魔』の存在は、致命的な瑕疵となりかねないんですから……

昔、妖精眼が広まっていなかったころ、文明が進んで、いざ『観念』で『モノ』を操作する段階になったら、すでに星中の『観念』が観念獣に食い荒らされていて、それ以上の発展が出来なくなってしまったなんて悲劇が、結構あったんです。

さっき、お母様が言ってらしたでしょう?
『妖精眼は、どこの星にもある』って。

あれはですね、そういう悲劇を避けるために、妖精眼を配った人がいたってことなんですよ」

「じゃあ観念獣を放っておいたら……いまの時点では、どんな問題があるの?」

「みんなが、少しづつ不幸になります。少しづつ、少しづつ……ただあるだけの『モノ』が増えていき、少しづつ、少しづつ……誰の上にも不幸が降りかかっていく」

まるで、いま見たままを語ってるような声だった。
(メルって、何者なんだろう?)
疑問を、口にしたわけでもないんだけど――

「わたくしは、附帯世界執行官7号(サブセツトドミネーターナンバー7)メルティオーレ。ちなみに7号というのは、設定された態度の種類を表すコードであり、決して、私の個体番号を示すものではありません」

――『附帯世界執行官7号』というのが何なのかはわからないのは変わらずだけど、とにかくまあ、そういう答えが返ってきた。