誰もが嫌な予感を感じる中で始まったのは、それに相応しい、コトリの独白だった。

「女の子は、男の子を実の兄のように慕い『おにいちゃん』と呼び、その想いはやがて恋心へと変わっていきました。しかし少年が選んだのは、愛らしくも聡明な少女でなく、あろうことか派手な顔立ちと大きな胸を下品に見せびらかす、少女の姉だったのです」

この話に出てくる『少女』というのがコトリで、『姉』というのが母さんで、『少年』が父さんなのは、まず間違いないだろう。

父さんに対するコトリの横恋慕は、決して過去の問題ではなく、半ば現在進行形で、親戚一同周知にして禁断の話題だ。

「少年と恋人同士になった少女の姉が、少女の部屋と薄い壁一枚隔てただけの部屋に少年を連れ込み破廉恥な行いに耽るようになるまでに、時間はかかりませんでした。かつて…いや、いまでも恋している少年の『ううっ、レイコ!僕、僕、もう……お、お、おおおっ!』などとといった獣じみた声を、きっちり週五回聞かされる少女の胸の内は、いかなるものだったでしょうか?」

すでにコトリ以外の、誰もが俯いていた。
あまりにいたたまれなさすぎた

「この責め苦も、姉が妊娠し少年と結婚したのを機に、二人が少年の実家で暮らすか、新しく部屋を借りて住めば終わったことでしょう。
しかし、結婚した二人は、姉の実家、つまり少女と同じ家の姉の部屋、つまり少女の隣のあの部屋で、新婚生活を始めたのです」

横目で見れば、窓の外の景色で立ってる、観念獣。
(僕、なにやってるんだろう……)
そんな気持ちになってくる、僕だった。

「毎夜隣の部屋で繰り広げられる、新婚夫婦の営み。少女に出来ることといえば、子守りを任された際『ふくらんだのぉ。いま!びくってナカでふくらんだのぉ』『イタイの好きぃ!イタイの気持ちいいのぉ』などといった姉の嬌声を、赤ん坊の耳元で再現してやることくらいでした」

母さんの顎が、愕然とガクンと落ちた。
「はぁあ……?」
どうやら、これだけは初耳のエピソードだったらしい。

フォローしなければ。

「大丈夫!母さん!僕、覚えてないから!悪い影響とか受けてないから!その影響で性的な話題に病的な嫌悪感を示したりしてないから!」
「ほ、本当に?」
「うん!だってボク、おっぱい、だーいすき!

精神の平衡を取り戻すのに必死な僕たち母子。
と、その間――それをよそに、コトリは、狛江さんへとにじり寄っていた。

「……受け取って。私の二十四年間の恋心……その結晶を」

コトリの胸から、輝きの塊が取り出される。
あれが、コトリのハングレ・ハートか。

ドクロに山羊の頭に動物の内臓に、鉄の質感を持つ握り拳……
それらのモチーフのどれが恋心を象徴しているのかは、非常に疑問だった。

「そ、それは恋心っていうより、恨みの結晶って言った方が近いんじゃないかな……」
さすがの狛江さんも、後ずさっていた。
「ぜひ!」
しかし、コトリは逃さない。
「ぜひ!」
「ふぁっ!」

ハングレ・ハートを乗せたコトリの手のひらが、狛江さんの胸に押しつけられる。
押しのけられた膨らみが、持ち上がって、ぽわんと揺れた。
その谷間に、一気にコトリの手首までが沈んで見えたのは、目の錯覚じゃない。

いま輝きが発せられているのは、身体の表面じゃなく、身体のもっと奥。
狛江さんの、胸の中心からだった。

「きれい……」
呟いたのは、ヒカリだ。

光が消えた。
変身も終わっていた。

「照れちゃってんですか?照れちゃってんですか?」
メルが、狛江さんをつつく。
「うるせぇ……」
反論は、力なかった。

僕はといえば、言葉を失っていた。
「…………」
コトリが、子供の頃からずっと胸の奥のハングレ・ハートに溜め続けた、想い。
狛江さんが変身した、コトリのスーツは、いうならば白いゴスロリで、普通に可愛かった。

「こんなの、自分、着たことないしぃ……」
でも狛江さんにとっては、ぜんぜん普通じゃなかったみたいだ。
「あぁ、もぉ、恥ずかしいぃ…」
普通に可愛い格好の狛江さんは、異常に可愛くて、そして本人が照れれば照れるほど、その可愛さはいや増しになるばかりなのだった。

「はいはい!照れるのはそこまで!」
母さんが手を叩いて、
「はい!これ書いて!」
僕と狛江さんに渡したのは――

鉛筆と四〇〇字詰め原稿用紙。



「何を書くかって?
あんたたちが、お互いを――
倫太なら、さくらちゃんのことを。
さくらちゃんなら倫太のことを、どう思ってるかだよ。

ロボットと操縦者の関係になる。
そうなったら、気持ちも、変わる。
相手がどんなにイヤなやつだったとしても、
イヤでも、特別な感情を抱くようになってしまう。

最初は、それでもいい。
でも、時間が経つとわからなくなっちゃうんだ。

もしロボットと操縦者って関係じゃなかったら、
自分は、そいつのことをどう思ってただろうってことが、
考えても考えてもわからなくなる。

ハングレールの女も、ロボットになった男も、
心を病んだ奴らは、大体、そこら辺でひっかかっている。

だから、最初にロボットで発信する前に、残しておくんだ。
元々、相手をどう思っていたのかを。
後々、引っかからないように、考えるための手掛かりをね。

あー、ちなみに書き終わったら、誰にも見せなくていいから。
このお守り袋に入れて、肌身離さず持ってて」


(狛江さんを……どう思っているか、だって?)
そんなの、決まりきってた。