「へっへぇ~」
いまや、満面の笑みだった。

ポケットに手を突っ込んで取り出したのは、ごついヘビ革のウォレット。
ばちんとボタンを開けて取り出した千円札を、自販機に入れながら、

「三上君、そいつ、押さえといてくれる?どんなんでもいいからさ。そいつが、そこから動けないようにしといてよ」

っていわれても、そもそも抱きつかれて動けなくされてるのは、僕の方なんですけど……
(まあ、いいか。仕方がないか……やるしかないんだ)
心の中の声は、決心というか、自分への言い訳といった方が近かったかもしれない。

ぎゅっ。

僕は、僕に抱きついてるメルティオーレ身体に腕を回して、彼女を抱きしめて固定して、動けなくさせた――細くて丸くて柔らかな身体。
胸元でこぼれる、小さな悲鳴

「ひゃふん」

「ご、ごめん!力、強かった?」
だらしなく慌てた次の瞬間、

ごつん。

僕のを、何かが強打した。
冷たくて、固くて、でも微妙な弾力があって、とにかく確かなのは、

「ああ、ごめんごめん。手元が狂った(棒)」

それが、狛江さんによる打撃であるということだけだった。

(殴られた!?)

しかし、狛江さんの立ってる場所は、さっきと同じだ。
自販機のところから、こちらに近づいたわけではない。
では、どうやって?

「理科の時間に、先生が言ってたんだけどさ」

話しながら、狛江さんが自販機のボタンを押す。
がたん。
取り出し口に落ちた品物を、屈んで取り出す。

「光が目に届いて……それで、人間は物を見てるって。それって光が届かなければ、何も見えないってことだよな。自分の目には、三上君のことが見える。だから……光は届いてる。自分はそっちに通れないけど、光は通れる――何もかもが通せんぼされてるってわけじゃない

またボタンを押して、がたん。取り出す。

「ま、偶然なんだけどさ」

ボタン。がたん。取り出す。
僕は気付いた
狛江さんの足下で倒れた、ゴミ箱に。
そこから転がり出た、空き缶に。

お茶のペットボトル、コーヒーのスチール缶――それらのどれも、自販機よりこちら側に転がりだして来たりはしていない。
どれも、境目で止まっている

でも――僕は、足下を見て確かめる。

ごろり……

そんな音が聞こえてきそうな無骨さで、それは、そこに転がっていた
大きなへこみは、地面に落ちた時に出来たんだろうか?
それとも、僕の鼻にぶつかった時?

「どんな基準かは知らないけど……どうやらこいつも、そっちに行けるみたいでさ」

こいつとは――狛江さんが振って示してる、炭酸飲料アルミ缶
視線を移せば、同じジュースの空き缶が四本、狛江さんの足下から、自販機の境界線越えて、こちらに転がり出していた

そして狛江さんの右手に、やはり同じアルミ缶が、四本。左手にも、四本。
いずれも、サイズは三五〇MLだ。

もう一度、狛江さんが言った。

「三上君、そいつ、押さえといてくれる?」

ぎらりと光る、狛江さんの目。
そして同じく光る、八本のアルミ缶

つまり、狛江さんは……
ガツーンといくからさぁ」
……メルティオーレに、中身の詰まったアルミ缶ぶつけようとしているのだった。

「あ、ちょ、ちょっと待って、狛江さん……」
「んん、どうしたぁ?三上君」
「もう、許してあげてもいいんじゃないかな。だって、あの、その、このひと――」
「だから、どうしたって……」
「この人――もう、泣いてる!
「はあぁ!?」

「ひ、ひっく。ひっく……あんなの当てられたら、わたくし、しんじゃいますよぉ」

ついさっきまでのエロい強気はどこに行ったのか、あられもなく泣きじゃくるメルティオーレ。その弱々しさは、僕の中の擁護欲支配欲を同時に掻き立てるのに十分で、結果として、さっきより、ずっと、更に、あざとくエロかった

「うっく、ひっぐ、いっぐ……もう許して~なのでございますぅ。えぐえぐ」

しかし、狛江さんには……
「うん!やっぱ二、三個、当てとくわ!百パーセントだ――殴られてもいないのに降参するこういうヤツはさ、百パーセント、腹の中舌を出してるもんなんだよ」
……そんなの、全く通用しないのだった。

「び、びっぐげぐ、が、ぐばばば……」

わかりやすく狼狽するメルティオーレ――さすがに僕も庇いようがない。
まあ、庇う理由もないんだけど。

さて、どうなることか……