狛江さんの一人称は『自分』だ。
そして基本的に、二人称も『自分』だ。
「っていうか自分……その人、ダレよ?」
「し、知らない人!」
「ふうん……」
狛江さんが腕を組む――大きな胸が、持ち上げられて形を変える。
制服の上から着ているのは学校指定のオレンジのジャージだ。
スカートの下にも、やっぱりジャージのズボン。
狛江さんの全身のほとんどは、ジャージのオレンジに包まれている。
美しい顔立ちも、鼻から下は、チャックを一番上まで上げた襟に隠されていた。
「さっきから見てたけどさ……おっかしいよな~、それ」
狛江さんが立ってるのは、角の向こうの道だ。
さっきから、僕が曲がれずにいる角の向こう。
僕と狛江さんは、時々、この角のところで顔を合わせる。
「異常だよな~。明らかにあり得ねえよな~……」
そして、学校までの残り五分弱を一緒に歩いたりする。
それだけの関係だった。
それだけの関係だけど、いいでしょう?と自慢したくて仕方ない僕だ。
実際、何がきっかけでこうなったのかは、自分でも理由がわからない。
と――いまは、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
狛江さんの言うとおり、確かに異常だった。
「一人に……なってる?」
さっきまで二人の少女がいた場所に、いまは一人の少女が立っていた。
身にまとったドレスは、黒と白が複雑に絡み合って、先ほどの二人が来ていた服と同じデザインが、ところどころに散りばめられている。
先ほどまでの二人より背は低いし、胸も小さいし、生足も出していない。
年齢も二つか三つは、稚く見える。
でも、醸し出す雰囲気は――あざとく、ずっと、いやらしかった。
ととととと。
いまにも転んでしまいそうな危うい足取りで僕に駆け寄ると、
「えい!」
少女が、いきなり抱きついてきた。
でも突然のこの行為を、僕は、当然のことのようにも感じていた。
何をされても、おかしくはない。
そんな印象のもとでは、どんな行為も当然に思えた。
それより、そろそろ、名前くらいは知っておきたいんだけど……
「わたくし、附帯世界執行官7号(サブセツトドミネーターナンバー7)
メルティオーレと申しまぁす」
あ、名乗った。
っていうか、なんなんだ?このいきなりの甘え声は。
不審ではあっても、不快ではないのが厄介なところだった。
やれやれ、とでも言いたげな風情で、狛江さんが訊ねた。
「自分、人間じゃないよね?」
少女が、にっこり笑って答えた。
「はい。附帯世界執行官7号(サブセツトドミネーターナンバー7)ですぅ」
その答えに、狛江さんも、にっこり笑って言った。
「ああ、そう」
とだけ言って、狛江さんは、
「あのさ……自分、さっき天使とか悪魔とかいってたけどさ、でもさ、それ以前に、自分、知ってるから。自分みたいなの、なんて呼ぶか知ってるから。自分みたいなのを、こう呼ぶんだ――『雌犬(ビツチ)』って」
少女――メルティオーレの答えを、ばっさり無視したのだった。