黒い服と白い服――二人の少女は、それほどに美しかった。
おまけに二人とも生足――こんな住宅街では有り得ないくらいに、生足まる出しだった。
「君って、三上倫太くんだよね?あたし、君のお父さんのファンなんだ」
まずは黒い服が、ばちりと音がしてきそうなウインク&モデル立ち。
ずいっとアピールされる太もも。
生足、付け根まで、まる見え。
「うふふ…じゃあ私は、倫太くんのファンになっちゃおっかナぁ?」
続いて白い服が、ちょっと腰をかがめながら、微笑みはそのままに上目遣い。
こちらは、胸元から、ちらり。
張りのある丸み――見事な小玉スイカでした。
ぞくり。
彼女たちとの距離は数メートル。
なのに、間近から吐息を吹きかけられたような錯覚。
産毛の一本一本を、微細な指で撫でられてるみたいな――ぞくり。
背筋を走る悪寒は、恐怖を取り除けば、快感に等しかった。
そして、快感の根底にあるのは、絶望。
蠱惑を伴った、諦念。
心のなかで、僕は叫んだ。
(惑わされるな!)
白い服が、右手を横に伸ばして言った。
「神の左手」
黒い服が、左手を横に伸ばして言った。
「悪魔の右手」
心のなかで、僕は、もう一度叫んだ。
(惑わされるな!)
「では逆の手は?」
と、白い服。
伸ばした手と手が触れあい、細くて白い指が絡みあう。
桜色のマニキュア。
空いた手で弄る艶プルの唇は、見るからに柔らかそうで、僕は、僕は……
(うわあ。エロい!)
……僕は、既に八割がた惑わされてしまっていた。
ダメじゃん!僕!!!!!
一方の彼女たちはといえば、そんな僕を見下すように目を眇めている。
儀式的というか、小芝居めいた言葉の連なりは、更に続いていった。
「では逆の手は?」
と、今度は黒い服。
改めて僕は、自分の知ってるキレイな女性たちを思いだす。
コトリ、ヒカリ、母さん、ついでに父さんの仕事関係の女性たち。
彼女たちの美貌についての記憶を総動員した――いや、
「花を弄って匂わす手?」
いや――総動員というのは、違う。
まだ、全部を思い出してはいなかった。
「違う。鳥をいずこに迷わす手?」
全部じゃない。
僕はまだ、僕の知る、すべての美少女を思い出してはいない。
「違う。風を光に酔わさす手?」
記憶の中から、未だ立ち上がっていない人がいる。
加えていえば彼女は、僕が知る中でも、いちばん美しい人だ。
「違う。月の女神を慰む手?」
彼女の、名前は……そして、
「違う。何故なら逆の手は……」
そして最後に、二人の声が揃った。
「「天使と悪魔が戯る手!」」
渦巻く光と闇が二人を包み、白と黒がひとつになっていく。
そして、僕は叫んでいた。
「狛江さん!」
彼女の名前を、僕は叫んでいた。
「狛江さん!」
狛江さくら――僕が知る、もっとも美しい女性の名前を。
「狛江さん!おはよう!」
返事は、すぐに返ってきた。
「おう。おはようって……自分、何してんの?」
訊ねる狛江さんは、ぽかんと困惑気味の顔だった。