僕は人間でないらしく













ある日、メルティオーレと名乗る不審な美少女が現れ,倫太に告げる。 「あなたは、人間ではありません
同じクラスの、通称“バイオレンスJK”狛江さくらと共に倫太は謎の解明に乗り出す。 「人間じゃなければ何なんだ!?
そして明かされる出生の秘密と過去の誘拐事件の真相倫太とさくらの、熱く激しい戦いが、ここに始まる!

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【改訂版】<11>僕は人間でないらしく ~『天使です』とか、さすがに思ってるままを言うわけにはいかなかった~

「ど、どうしたの!?自分――三上君」
「狛江さん、話したら、話の途中で僕のこと殴るかもしれない。ドヤ顔とか別にして!あまりに信じがたくて!」
「おいぃ!自分、自分のことどう思ってるの!?三上君の中の自分って、どんなよ!?」
「今ここにいるままの、暴力モンスターですよ」ボソッと言ったメルを、
「自分には訊いてねえ!」狛江さんがデコピン。
「ふんがふっ!」

「っていうか、どれだけ信じがたいっていっても!大体!そもそも!ぐるぐる同じところ回らされたりとか、黒いのと白いのが出てきて合体とか、その時点で十分ありえないだろうが!普通ならその時点で帰ってるだろうが!それなのに自分は!この狛江さくらは!いま!ここにいる!なんとか状況に食らいついている、自分のこの、なんというか、数学的思考に基づく判断力というか……意外と融通のきく性格を評価してもらいたいんだ!こう見えても、自分、家ではロジカルシンキングの本とか読んだりしてるんだよ!クレーム処理のコツとか!ディベートの本とかも!」

「ごめん、狛江さん。じゃあ、結論だけ話すね」
「……うん」
狛江さんに――というのは半分だけで、もう半分は自分自身に向けて――僕は言った。

「僕……人間じゃないらしいんだよね」

僕のこの告白に――
目を眇めて、
「へえ」
とだけ、狛江さんは言った。

「くわしい話は、うちの母親に聞こうと思う。もし、母親の話がメルが言ったのと同じだったら――本当だってことだと思う」
「母親って……」
「うん、麗レイコ。いまは三上レイコだけどね」
「そうか……レイコさんも、関係してるんだ」

狛江さんが、母さんのことを『レイコさん』と呼んだことに、ちょっと違和感はあったけど、でも、

(当然だよな)

とも思う。
だって、狛江さんは『麗レイコの生まれ変わり』と呼ばれてる人なんだから。

「狛江さんも、さぼってうちに来る?」
誘ってみたら、
「うん」
と、狛江さんが笑った。
狛江さんの頬は何故か赤くて、多分僕の頬も赤い。
だって、とても熱かった。
「あー、熱いな」
狛江さんも、言ってるし。

「メルちゃんも、行きますよ!はぁあ。熱い熱い」
メルは、どうでもいいけど。


家に帰ると、父さんはもう仕事に出ていた。
玄関で僕らを見て、母さんは、
「ありゃ」
と、驚いた顔をしたあと目を逸らし、
「へへ~」
と、笑った。

その後ろではコトリとヒカリが、
「お~か~え~り~」
と、さっき僕を見送った時と同じく、胴体を不気味に震わしている。

だから、箸と茶碗くらい置いてこいと……コトリも!ヒカリも!母さんも!

「お~じゃ~ま~し~ま~す~」
メルも狛江さんも、真似しなくていいです。


●●

そして…………

●●●

「うん、そうだ」と、母さんはあっさり頷いたのだった。

【改訂版】<10>メルと狛江さん ~見下してるのは否定しないらしい~

……結局、
「きりきり働け。このうすのろ」
「いたい。いたい。いたい」
デコピン3発で手を打つことになり、現在は、額を抑えて痛がるメルティオーレの背中を狛江さんが蹴飛ばし、散らかった空き缶の片付けをさせてるところだ。

「『うすのろ』は止めてくださ~い」
「あぁん!?『メルティオーレ』なんて、長くて呼んでらんねえんだよ!」
「『メルちゃん』って呼んで、いいですよ?」
「殺すぞ?」

こうして見ていると、とても初対面とは思えないというか、
(実はこの人たち、仲良いんじゃない?)
的な光景だった。

「狛江さん、これってどうする?」

問題は、狛江さんが買った炭酸飲料だった。
八本あるそれは、件の自販機の前を通るたび、
(誰が飲むんだこんなの?)
って僕が疑問に思ってたマイナーな銘柄のメロンソーダで、印象としては、三年に一度、なにかの罰ゲームで飲めば充分って感じの製品だった。

「僕、お金はらうよ」
「いいって、三上くん。気にするなって」
「だって、狛江さんが僕のために買ってくれたんだし……」
「ば、ばか……そんな気、使うなって……そ、そうだ!こんなのこいつに飲ませればいいんだ!おい!自分、飲めよ。うまいぞきっと。ほら、チョコレートも入ってるってよ!」
「ひ、ひぃいい。そんな!メロンの種を模したホワイトチョコレートなんて、入ってても嬉しくありませ~ん」
「おらおら。飲め飲め」
「ぐりぐりしないでぇ。ぐりぐりしないでぇ~」

やっぱり仲良いな、この人たち。

「ところでさ、メルティ…」
「メ・ル・ちゃ・ん(はあと)」
「メル。さっきは、途中までしか聞いてなかったよね。君が、僕のところに来た理由」
「はい。わたくしが……ちらっ」

「?」

言葉を切り、メルが視線を遣った先には……メロンソーダでお手玉する狛江さん。
そして、非常に言いづらそうに……

「あのぉ。狛江さんは、ちょっと席を外してもらえると有り難いのですが」
「あん?どうして?」
「それは……おそらくわたくしが倫太さんに会いに来た理由を話し終わる前に、狛江さんが、わたくしのことを殴るに違いないからです」

「はぁ?」
「あ、いや、なんとなくわかるというか……」
「えぇ!?三上君まで?」

「あのさ、その……狛江さんは、メルのことを見下してると思うんだ」
「ああ、そうだな」
「それでね、多分、メルが僕に会いに来た理由って、多分、すごく込み入ってると思うんだ。そしてそんな込み入った説明をしている人が、どんな表情をしてるかっていうと」
「ドヤ顔だな」
「ドヤ顔ですね」
「ドヤ顔だよね……狛江さんは、メルにドヤ顔されたらどう思う?」
「ギロッ(訳:ぶっ殺す)」
「ひぃっ!」

「だから、まずは僕がメルから話を聞いて、それから内容を整理して、狛江さんにも話そうと思うんだけど……」
「そうだな。自分も関わったことなんだし、知らないままじゃ、すっきりしないしな」
「じゃあメル。まずはあっちで、僕に話してくれる?」
「はいですぅ!」
「言っとくけど、耳元に話しかけるふりをしていきなり息を吹きかけたりとか、耳たぶを甘噛みするとかは、なしだからね」
「残念ですぅ!」
やっぱり、企んでたか………

「あのデスね、実はデスね、こそこそこそ……」

………そして一分後。

「ごめん!狛江さん!!!」

僕は、狛江さんに土下座まがいの謝罪アクションをするはめになっていた。

【改訂版】<9>敗北するメルティオーレ ~もう許してー、なのでございますぅ~

「へっへぇ~」
いまや、満面の笑みだった。

ポケットに手を突っ込んで取り出したのは、ごついヘビ革のウォレット。
ばちんとボタンを開けて取り出した千円札を、自販機に入れながら、

「三上君、そいつ、押さえといてくれる?どんなんでもいいからさ。そいつが、そこから動けないようにしといてよ」

っていわれても、そもそも抱きつかれて動けなくされてるのは、僕の方なんですけど……
(まあ、いいか。仕方がないか……やるしかないんだ)
心の中の声は、決心というか、自分への言い訳といった方が近かったかもしれない。

ぎゅっ。

僕は、僕に抱きついてるメルティオーレ身体に腕を回して、彼女を抱きしめて固定して、動けなくさせた――細くて丸くて柔らかな身体。
胸元でこぼれる、小さな悲鳴

「ひゃふん」

「ご、ごめん!力、強かった?」
だらしなく慌てた次の瞬間、

ごつん。

僕のを、何かが強打した。
冷たくて、固くて、でも微妙な弾力があって、とにかく確かなのは、

「ああ、ごめんごめん。手元が狂った(棒)」

それが、狛江さんによる打撃であるということだけだった。

(殴られた!?)

しかし、狛江さんの立ってる場所は、さっきと同じだ。
自販機のところから、こちらに近づいたわけではない。
では、どうやって?

「理科の時間に、先生が言ってたんだけどさ」

話しながら、狛江さんが自販機のボタンを押す。
がたん。
取り出し口に落ちた品物を、屈んで取り出す。

「光が目に届いて……それで、人間は物を見てるって。それって光が届かなければ、何も見えないってことだよな。自分の目には、三上君のことが見える。だから……光は届いてる。自分はそっちに通れないけど、光は通れる――何もかもが通せんぼされてるってわけじゃない

またボタンを押して、がたん。取り出す。

「ま、偶然なんだけどさ」

ボタン。がたん。取り出す。
僕は気付いた
狛江さんの足下で倒れた、ゴミ箱に。
そこから転がり出た、空き缶に。

お茶のペットボトル、コーヒーのスチール缶――それらのどれも、自販機よりこちら側に転がりだして来たりはしていない。
どれも、境目で止まっている

でも――僕は、足下を見て確かめる。

ごろり……

そんな音が聞こえてきそうな無骨さで、それは、そこに転がっていた
大きなへこみは、地面に落ちた時に出来たんだろうか?
それとも、僕の鼻にぶつかった時?

「どんな基準かは知らないけど……どうやらこいつも、そっちに行けるみたいでさ」

こいつとは――狛江さんが振って示してる、炭酸飲料アルミ缶
視線を移せば、同じジュースの空き缶が四本、狛江さんの足下から、自販機の境界線越えて、こちらに転がり出していた

そして狛江さんの右手に、やはり同じアルミ缶が、四本。左手にも、四本。
いずれも、サイズは三五〇MLだ。

もう一度、狛江さんが言った。

「三上君、そいつ、押さえといてくれる?」

ぎらりと光る、狛江さんの目。
そして同じく光る、八本のアルミ缶

つまり、狛江さんは……
ガツーンといくからさぁ」
……メルティオーレに、中身の詰まったアルミ缶ぶつけようとしているのだった。

「あ、ちょ、ちょっと待って、狛江さん……」
「んん、どうしたぁ?三上君」
「もう、許してあげてもいいんじゃないかな。だって、あの、その、このひと――」
「だから、どうしたって……」
「この人――もう、泣いてる!
「はあぁ!?」

「ひ、ひっく。ひっく……あんなの当てられたら、わたくし、しんじゃいますよぉ」

ついさっきまでのエロい強気はどこに行ったのか、あられもなく泣きじゃくるメルティオーレ。その弱々しさは、僕の中の擁護欲支配欲を同時に掻き立てるのに十分で、結果として、さっきより、ずっと、更に、あざとくエロかった

「うっく、ひっぐ、いっぐ……もう許して~なのでございますぅ。えぐえぐ」

しかし、狛江さんには……
「うん!やっぱ二、三個、当てとくわ!百パーセントだ――殴られてもいないのに降参するこういうヤツはさ、百パーセント、腹の中舌を出してるもんなんだよ」
……そんなの、全く通用しないのだった。

「び、びっぐげぐ、が、ぐばばば……」

わかりやすく狼狽するメルティオーレ――さすがに僕も庇いようがない。
まあ、庇う理由もないんだけど。

さて、どうなることか……

【改訂版】<8>雌犬と呼ぶ女、呼ばれる女~再来なら、元祖がまだ生きててもOKなんだけどね~

「いいえ。『雌犬』でなく、附帯世界執行…
「いいから。自分、何も言わなくていいから。とにかく自分はさ、そのガキに迷惑かけられてるんだよね――三上君
「う、うん。まあ、そうだね」
「えぇ!?迷惑だなんて、ひどいですぅうう

そう……そうだよな
ちょっと苛ついた風に目を眇めて、狛江さんが頭を振った。

僕は、思い出していた。

狛江さんは、近隣でこう呼ばれている人なのだった。
バイオレンスJK
もしくは、
麗レイコの生まれ変わり』と。
まあ、麗レイコ――僕の母さんはまだ死んでないんだけど(性が変わっただけで)。

武勇伝は数知れず。
僕も一度、狛江さん喧嘩しているところを見たことがあるけど、そのときは自転車を武器に、一人十人と戦っていた。
結果は、もちろん狛江さんの圧勝だ。

もう一度、頭を振って、狛江さんが言った。
「自分さ、助けてあげるから待ってて――三上君」

狛江さんが、こちらに向けて歩き出す
しかし……

「?」

しかし……

「?」

しかし、

「……なんだこりゃ?」

こちらに向かって歩いてる狛江さん。
狛江さん自身は歩いてるつもりなんだろうけど、僕の側からは、同じ場所で足踏みしているようにしか見えなかった。

つまり、自販機の前より、こっちに進めていない
さっきの僕も、きっとあんな感じだったに違いない。

ところでだ――自分の胸元に向けて、僕は訊ねた

「メルティオーレさんは、どうしてこんなことしてるの?
「こんなことってぇ……こんなことですかぁ?

って言いながら、人差し指で僕の胸をクリクリって……違う!

「いや、そんなんじゃなくて、どうして、僕の所に来て、こんな……」
そ・れ・じゃ・あ――こんなことぉ?」
「いや、違う!シャツの合わせ目にをあてて、熱い息を吹き込んだりとか、甘い香りが首の所から直接鼻のあたりまで漏れ出てきてたまらんとか、そういうんじゃないから!」
ええぇ~?
「いや、じゃ、その、一番単純に聞きます!メルティオーレさんは、どういった理由で、僕に会いに来たんですか?」
「うーん、それはぁ。倫太さんが、
僕が?
「にんげ…」

がらがしゃん!

メルティオーレの声を遮ったのは、狛江さんの立てた音だった。
正確には、彼女の足下に転がる、ジュースの缶や、ペットボトルが立てた音だ。
狛江さんが、自販機の脇のゴミ箱を倒して、中身をアスファルト散乱させたのだった。

「おおぅ」

ちょっと驚いた様子を見ると、わざとゴミ箱を倒したわけではないらしい。
そこまでは、なんとか理解できた。
でも、どうして?
どうして、狛江さんは……

「へええ……そういうこと?(ニヤリ)」

……どうして、みるみる笑顔になっていくんだろう?

【改訂版】<7>附帯世界執行官7号 ~いきなりそんな風に名乗られたらムカつくよね。ムカついてどうするかは人によるけど~

狛江さんの一人称は『自分』だ。
そして基本的に、二人称も『自分』だ。

「っていうか自分……その人、ダレよ?」
「し、知らない人!」
「ふうん……」

狛江さんが腕を組む――大きな胸が、持ち上げられて形を変える。
制服の上から着ているのは学校指定オレンジジャージだ。
スカートの下にも、やっぱりジャージのズボン。

狛江さんの全身のほとんどは、ジャージオレンジに包まれている。
美しい顔立ちも、鼻から下は、チャックを一番上まで上げた襟に隠されていた。

「さっきから見てたけどさ……おっかしいよな~、それ」

狛江さんが立ってるのは、角の向こうの道だ。
さっきから、僕が曲がれずにいる角の向こう。
僕と狛江さんは、時々、この角のところで顔を合わせる

異常だよな~。明らかにあり得ねえよな~……」

そして、学校までの残り五分弱一緒に歩いたりする。
それだけの関係だった。
それだけの関係だけど、いいでしょう?と自慢したくて仕方ない僕だ。

実際、何がきっかけでこうなったのかは、自分でも理由がわからない
と――いまは、そんなこと考えてる場合じゃなかった。

狛江さんの言うとおり、確かに異常だった。

一人に……なってる?」

さっきまで二人の少女がいた場所に、いまは一人の少女が立っていた。
身にまとったドレスは、黒と白が複雑に絡み合って、先ほどの二人が来ていた服と同じデザインが、ところどころに散りばめられている。

先ほどまでの二人より背は低いし、胸も小さいし、生足も出していない。
年齢も二つか三つは、稚く見える
でも、醸し出す雰囲気は――あざとく、ずっと、いやらしかった

ととととと。

いまにも転んでしまいそうな危うい足取りで僕に駆け寄ると、

えい!

少女が、いきなり抱きついてきた
でも突然のこの行為を、僕は、当然のことのようにも感じていた。

何をされても、おかしくはない。

そんな印象のもとでは、どんな行為も当然に思えた。
それより、そろそろ、名前くらいは知っておきたいんだけど……

「わたくし、附帯世界執行官7号(サブセツトドミネーターナンバー7)
メルティオーレと申しまぁす」

あ、名乗った
っていうか、なんなんだ?このいきなりの甘え声は。
不審ではあっても、不快ではないのが厄介なところだった。

やれやれ、とでも言いたげな風情で、狛江さんが訊ねた。
「自分、人間じゃないよね?」
少女が、にっこり笑って答えた。
「はい。附帯世界執行官7号(サブセツトドミネーターナンバー7)ですぅ」
その答えに、狛江さんも、にっこり笑って言った。

「ああ、そう」

とだけ言って、狛江さんは、
「あのさ……自分、さっき天使とか悪魔とかいってたけどさ、でもさ、それ以前に、自分、知ってるから。自分みたいなの、なんて呼ぶか知ってるから。自分みたいなのを、こう呼ぶんだ――『雌犬(ビツチ)』って」
少女――メルティオーレの答えを、ばっさり無視したのだった。

【改訂版】<6>惑わされるな! ~目の前の相手が小芝居を始めたら、だいたいその人は、何かを誤魔化してあなたを煙にまこうとしている~

黒い服と白い服――二人の少女は、それほどに美しかった

おまけに二人とも生足――こんな住宅街では有り得ないくらいに、生足まる出しだった。

「君って、三上倫太くんだよね?あたし、君のお父さんのファンなんだ」

まずは黒い服が、ばちりと音がしてきそうなウインク&モデル立ち
ずいっとアピールされる太もも。
生足、付け根まで、まる見え

「うふふ…じゃあ私は、倫太くんのファンになっちゃおっかナぁ?」

続いて白い服が、ちょっと腰をかがめながら、微笑みはそのままに上目遣い。
こちらは、胸元から、ちらり。
張りのある丸み――見事な小玉スイカでした。

ぞくり。

彼女たちとの距離は数メートル。
なのに、間近から吐息を吹きかけられたような錯覚。
産毛の一本一本を、微細な指で撫でられてるみたいな――ぞくり。
背筋を走る悪寒は、恐怖を取り除けば、快感に等しかった。

そして、快感の根底にあるのは、絶望。
蠱惑を伴った、諦念。

心のなかで、僕は叫んだ。
(惑わされるな!)

白い服が、右手を横に伸ばして言った。
「神の左手」

黒い服が、左手を横に伸ばして言った。
「悪魔の右手」

心のなかで、僕は、もう一度叫んだ。
(惑わされるな!)

「では逆の手は?」
と、白い服。

伸ばした手と手が触れあい、細くて白い指が絡みあう。
桜色のマニキュア。
空いた手で弄る艶プルの唇は、見るからに柔らかそうで、僕は、僕は……
(うわあ。エロい!)
……僕は、既に八割がた惑わされてしまっていた。

ダメじゃん!僕!!!!!

一方の彼女たちはといえば、そんな僕を見下すように目を眇めている。
儀式的というか、小芝居めいた言葉の連なりは、更に続いていった。

「では逆の手は?」
と、今度は黒い服。

改めて僕は、自分の知ってるキレイな女性たちを思いだす。
コトリ、ヒカリ、母さん、ついでに父さんの仕事関係の女性たち。
彼女たちの美貌についての記憶を総動員した――いや、

「花を弄って匂わす手?」

いや――総動員というのは、違う。
まだ、全部を思い出してはいなかった。

「違う。鳥をいずこに迷わす手?」

全部じゃない。
僕はまだ、僕の知る、すべての美少女を思い出してはいない。

「違う。風を光に酔わさす手?」

記憶の中から、未だ立ち上がっていない人がいる。
加えていえば彼女は、僕が知る中でも、いちばん美しい人だ。

「違う。月の女神を慰む手?」

彼女の、名前は……そして、

「違う。何故なら逆の手は……」

そして最後に、二人の声が揃った。

「「天使と悪魔が戯る手!」」

渦巻く光と闇が二人を包み、白と黒がひとつになっていく。
そして、僕は叫んでいた。

「狛江さん!」

彼女の名前を、僕は叫んでいた。

「狛江さん!」

狛江さくら――僕が知る、もっとも美しい女性の名前を。

「狛江さん!おはよう!」

返事は、すぐに返ってきた。

「おう。おはようって……自分、何してんの?」

訊ねる狛江さんは、ぽかんと困惑気味の顔だった。

【改訂版】<5>黒い服と白い服 ~ドレスを想像するかもしれないけど、二人とも割とカジュアルな装いでしたよ~

自販機と、黄色い看板の貼られた電柱のある角。
あの黄色い看板の角を、何度曲がっても、元の位置に戻ってしまう
同じコトを何度も繰り返している――ループ。
明らかに、ループしている。
明らかに、危険だ。

そういえば――仮にだ。

こんな状態に陥るのを、僕の無意識とか、本能とか呼ばれる部分が、あらかじめ察知していたのだとしたら?

それに備えて、危機を乗り越えるのに必要になりそうな情報を、あらかじめ僕に思い起こさせていたのだとしたら?

あたかも死に直面した人間の脳内を、走馬燈のごとく過去の記憶が巡って見せるかのごとく。

立ち止まった僕を、最初に振り向いて見たのは、黒い服の少女だった。
それから白い服の少女が、僕を見て笑った。
僕も、二人を見た。

間違いない――僕は確信する。

この二人がすべての原因で、この二人に抗うために、僕は考えていたのだ。
そして、思い出していたのだ。
叔母のヒカリコトリ、それから母さんのことを。

考え、思い出し、記憶の中から掘り起こしていたのだ。
彼女たちの美貌を。

紛れもない美女や美少女である彼女たちの姿を思い浮かべて、美形、美人、美女、美少女に対する免疫力を、高めておかなければならなかったのだ。

次の瞬間、目の前にどんな美しい女性が現れたとしても、惑わされないようにするために。
そうしておく必要があったのだ。
そうしておかなかったら――

いま目の前にある二つの笑顔を目にした途端、僕は、魂を抜かれてしまっていたに違いない。

【改訂版】<4>思春期の少女の腕力って意外とハンパない~コトリのジャイアントスイング~

別に、母さんのパンチに死の恐怖を感じたからとかそういうのじゃなくて、記憶の奥のつながりで、ちょっと思い出していた――よく聞くこんなフレーズに関する思い出だ。

『死に直面した人間の脳内では、走馬燈のごとく過去の記憶が巡って見える』

誰からなのかは分からないけど――僕が初めて聞いたのは、四歳の時だった。
疑問に思って、思ったまま僕(当時四歳)は訊ねた。

「走馬燈って、なあに?」


自販機と、黄色い看板の貼られた電柱のある角を曲がれば、あとはまっすぐだ。
自販機と、黄色い看板の貼られた電柱のある角を曲がった。

● ●

舌っ足らずな質問に、最初に答えたのは、叔母のヒカリ(当時八歳)だった。
「あのね、あのね。うーん。うーん……メリーゴウランドみたいな?感じかな?」
と、やや装飾過剰気味な黒いブラウスの袖を弄りながら、八歳の少女なりに真摯に回答してくれたのだけど……

● ● ●

自販機と、黄色い看板の貼られた電柱のある角を曲がれば、あとはまっすぐだ。
自販機で、白い服を着た女の子が何か買おうとしている。
あの指の位置からすると、多分、ペットボトルのお茶だ。
僕は、彼女の背後を通って、電柱のある角を曲がった。

● ● ● ●

メリーゴウランドみたいなもの。
そう言われても、僕(当時四歳)には、そもそも、メリーゴウランド自体が何なのかすら分からない。
(???)
自分の頭の上に浮かんだ疑問符を、僕は見上げていたはずだ。
さぞや可愛かったに違いない。

ずいっとフレームの外からアップで登場し、僕をのぞき込んできた叔母のコトリ(当時十三歳)がどんな表情をしていたか――とりあえず、その時感じた不可解さについては、十二年経ったいまでも、忘れていない。
そして、現在の僕(今年で十六歳)にはわかる。
あの時、コトリは明らかに――欲情していた。

● ● ● ● ●

自販機と、黄色い看板の貼られた電柱のある角を曲がれば、あとはまっすぐだ。
自販機で、白い服を着た女の子が何か買おうとしている。
あの指の位置からすると、多分、ペットボトルのお茶だ。
その横で、黒い服を着た女の子が、ニヤニヤ笑いながら立っている。
おそらく白い女の子の死角で、暖かいコーヒーのボタンを押そうとしていた。
僕は、彼女たち背後を通って、電柱のある角を曲がった。

● ● ● ● ● ●

「……お義兄ちゃんと、お姉ちゃん……両方の血を引いた、この顔、この身体……加えて、初恋の相手の子であり、それを奪っていった恋敵の子であり、甥でもあるという私との関係性……イケる……イケる……イケる!」
僕の両足を撫で擦りながら、鼻息を荒くするコトリ。

「お、お姉ちゃん!倫太くんに何するの!?」
慌てふためくヒカリに、コトリは、こう答えた。
両脇に僕の脚を抱えて、ぼそりと、

「……ジャイアントスイング」

そして、回り始めた
僕の中に『世界』という言葉――いや『世界』という概念が生まれた瞬間だった。

「……いち……に……さん……し……」

コトリの、まったくスピード感の無いカウントとは裏腹に、
「ひゃあっ!お姉ちゃん!そんなに回したら、倫太くんの中身が偏っちゃうぅぅ!」
『世界』が、凄いスピードで回っていた。

荒くなるコトリの鼻息。
「ふんか、くんか、ふんが、くんか、ふんか、ふんが……」
わからないのは、欲情がどうしてジャイアントスイングに繋がるのかという点なのだけど、自分も思春期を迎え、当時のコトリより年上になった現在の僕なら、そのうち理解出来るようになるのではないかと思っている。

そして……

● ● ● ● ● ● ●

自販機と、黄色い看板の貼られた電柱のある角を曲がれば、あとはまっすぐだ。
自販機で、白い服を着た女の子が何か買おうとしている。
あの指の位置からすると、多分、ペットボトルのお茶だ。
その横で、黒い服を着た女の子が、ニヤニヤ笑いながら立っている。
おそらく白い女の子の死角で、暖かいコーヒーのボタンを押そうとしていた――と、その動きが止まった

理由は、ひとつしかありえなかった。
僕が、歩くのを止めたからだ。

● ● ● ● ● ● ● ●

そして僕(当時四歳)は、一瞬で理解していた。
走馬燈がどんなものなのか。
走馬燈のように景色が巡って見えるというのが、どういうことなのか……
もっとも、走馬燈が回ってるのを見るのと、走馬燈のように回って見るのとでは、まったく逆ではあるのだけど。

ちなみに、ジャイアントスイングは、母さんの現役ヤンキー時代の得意技でもあったらしい。

● ● ● ● ● ● ● ● ●

そして僕(今年で十六歳)は理解する。
どうして僕は、朝からこんなことを考えているのか、その理由を。

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

いま僕は、目の前にある角を曲がれずにいる。

【改訂版】<3>コトリとヒカリ ~友人からは”ゼロ年代的美少女”と評されている叔母二人~

時刻は8時15分。

両親がいちゃいちゃしながら僕の部屋から出て行った後も、精神と肉体両面のダメージから僕は布団を出られず、辛うじて食事を取れそうなくらいまで回復するのを待ってたら遅刻ぎりぎりで、結局、朝ご飯は食べずに家を出ることとなった。

見送ってくれたのは、母方の二人の叔母だ。

「いってらっしゃい!」
元気いっぱいのヒカリ(二十才、大学生)に、
「……いってらっしゃい」
茶碗を持った手の中指でメガネを持ち上げて、ニタリと笑うコトリ(二十五歳、ニート)

二人とも近所に部屋を借りていて、朝と夕の食事時だけ僕の家に来る。
見送ってくれるのはありがたいんだけど、二人とも茶碗と箸を持ったまま玄関まで出てくるのには、毎朝のことだが、茶碗と箸くらい置いてくれば良いのにと思う。

「行ってきまーす」

歩き出すと、視界の隅で、ヒカリのゴスロリドレスと、コトリのショートカットの髪がふぁさふぁさ揺れているのが見えた。
「「く~る~ま~に~き~を~つ~け~て~ね~」」
二人とも胴体をぎこちなくねらせて、その姿は、あたかも体が固い人のやるベリーダンス
非常に不可解というか不気味だ。
 両手がふさがってて手が振れないから、代わりにあんな動作で見送っているんだろうけど……
だから、茶碗と箸くらい置いてくれば良いのにと……これも毎朝のことだった。

家から学校までは1キロ弱といったところで、遅刻ぎりぎりの時刻とはいえ、走れば楽勝だ。

時刻は八時二十二分。

学校までは、あと五分もかからず着くはずだ。
朝のホームルームが始まるのが八時三〇分だから、ちょっとくらいの遅れなら、校門から昇降口までのダッシュでゼロに出来るくらいのタイミング。

ところで、そのとき僕は、考えていた。
そして、思い出していた。

臨死体験についてだ。

【改訂版】<2>その後の麗レイコ ~両親の仲が良すぎて子供が疎外感を覚えるというのとは、また別だと思う~

時刻は七時五〇分。

「おいおいおいおい! ありえねーだろ」

昨夜、目覚まし代わりにテレビのタイマーをセットして眠りについた僕だったのだが、結局、目がさめたのは、母さんのマウントパンチでだった。

「おぅら起きろ坊主! 倫太!

ぼすぼすと布団越しに落とされる拳。
そして、鳴りやまないテレビの大音量。
目覚ましに使う位だから、当然、ボリュームは最大だ。
朝の番組にありがちな司会者のドヤ顔トークが、ガラスをびりびり震わせている。

『いやあ、最近暑くなってきましたけど、薄着になって分かるのはね、年を取ってくると、何より首周りに加齢の影響が出てくるなってこと。ボクの同年代の人たちなんかは、本当に首がミイラみたいに細くなっちゃってる。その点、ボクは知り合いの社長さんに貰ったサプリメントなんかを飲んで……』

「黙れハゲ!

テレビに向かって叫ぶと、母さんは体勢を変え、再び僕に拳を落とし始めるのかと思ったら、

「毟るぞハゲ!!!
 
もう一度叫んで、 それから僕への打擲を再開した。
 
ぼすぼす。

「こら倫太! 朝っぱらからデカい音出しやがって! おめーは、どこのベルサイユ宮殿に住んでんだ!? あぁん?」

ぼすぼすぼす。
 
母さんは、十六年前は県下で最強を誇ったヤンキーで、いまも髪は当時のままの金色だ。
ヤンキーというと、『極悪のXX』とか『地獄のXX』とか、物騒なふたつ名が付くのが普通だと思うけど、母さんの場合、そういうのは無くて、本名のままで恐れられていたらしい。
 
『麗(うるわし)レイコ』と。

それが、三上レイコに代わったのが十五年前。ちなみに僕は今年十六歳で、母さんが僕を妊娠した年齢と同じで、父さんが母さんを孕ませた年齢までは、あと二年ある。

「ほらママ。ママが布団の上に乗ったままじゃ、倫太も起きられないだろ?」
「あ、そうかあ。パパってば、あったまいいね!」

いつからいたのか父さん(今年三十四歳)のアドバイスで、母さんが、ようやく僕の上から退いてくれた。
しかし……

「ほら、リモコンあったよ。ママ」
「えー、どこにあったのぉ? あたし、ぜんぜん気が付かなかったよー」

キャッキャウフフ声をあげる両親に、でもまだ僕は布団から起き上がれずにいた。

「ママがあんまりキレイすぎるから、リモコンが恥ずかしがって隠れちゃったんだよ」
「やだ~。パパったら、だめだってば、そんなこと言ったら……まだ朝なんだ・か・ら」
「え!? じゃあ、夜ならいいの?」
「もう、やだ~。パパったら、へんなこと訊かないでよ~。朝でも夜でも、答えはもちろん、Y・E・S。我が家のイエス・ノー枕に、NOの二文字は、あ・り・ま・せ・ん

いちゃいちゃするもんか。いちゃいちゃするもんか。いちゃいちゃするもんか――大人になって結婚しても、子供の前では、絶対にいちゃいちゃしないようにしよう――そんな誓いを立てる、僕だった。

【改訂版】<1> バイオレンスJK ~狛江さくらについて~

高校に入学して、三ヶ月が経った。

まず僕が訴えたいのは、狛江さくら(以下、狛江さん)が、凄い美少女だということだ。

狛江さんが、どれくらいの美少女かといえば――いまも教室では、こんな噂話が囁かれている。

「狛江さん、入学式の帰りに喧嘩してたって本当かな?」
「ほんとうだよ。駅の近くの交差点でしょ? それって、相手は、うちのお兄ちゃんの大学の先輩だったみたい。みんな柔道とか格闘技をやってる人だったんだけど…」
「相手は一人じゃないの?」
「うん。五人いたんだけど、みんな奥歯が無くなっちゃって、歯医者に行ってる」
前歯じゃないのかよ」

と、そんな内容なのだが、そんな恐ろしい噂が流れてるにもかかわらず、僕が最初にその噂を聞いた週だけで十二人が狛江さんに告白し、その後三ヶ月での累計はユニークユーザ数で百七十六人にまで達している。
 
つまり狛江さんは、そんな噂話を聞いたくらいでは、好きになってしまった気持ちを抑えられないくらいの美少女なのだった。

現時点で僕が得ている狛江さんについての情報といったら、まだまだごくごく僅かでしかなくて、日本人のお父さんと、スウェーデンポップスの歌手として来日したフィンランド人のお母さんとの間に生まれた日芬ハーフらしいとか、制服の上に学校指定のジャージの上下を着るという彼女のスタイルが、中学時代から続くものらしいとか、我が校で三年ぶりに発生した『一年戦争』を僅か二日終結させたらしいとか、不良とか真面目とか関係なく、このあたりの中高生だったら一度は聞いたことがある『バイオレンスJC』が、この春『バイオレンスJK』にジョブチェンジしたらしいとか、元『バイオレンスJC』で現『バイオレンスJK』の『狛江さくら』が、噂以上の美少女で校内騒然とかいった、その程度に過ぎない。

ちなみに僕は、件の百七十六人には含まれていない。
しかし、いつ百七十七人目になってもおかしくはない状況だとだけ、言っておこう。 

登場人物

<主役の二人>
三上倫太:
高校1年生。中学生の時、誘拐されたことがある。身長、体重、運動神経に特筆する点は無し。頭はかなり良い方だが、勉学に役立つのとは別の種類の頭の良さであるため、本人はそれに気づいていない。性格は、意外と無責任。身長170センチ、体重62キロ。得意教科は世界史。一人称は「僕」。

狛江さくら:高校1年生。超美少女で巨乳。金髪と制服の上から着た学校指定のジャージがトレードマーク。日本人の父親とフィンランド人の母親の間に生まれた(ちなみに母親は、スウェーデンポップの歌手として有名)。喧嘩が非常に強く「バイオレンスJC」の異名を持っていたが、高校進学と同時に「バイオレンスJK」にジョブチェンジ。身長155センチ、体重48キロ(Eカップ)。一人称は「自分」。得意教科は数学。趣味は海外のビジネス本の読破。最近、翻訳の良し悪しがわかるようになってきた。


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